ambfダイアリー

Arts,Movie,Book,Foodでambfです。アラサー男子がアウトプットのために始めました。

【書評】経済成長という呪い

経済成長という呪い(ダニエルコーエン、東洋経済)の書評です。著者はチュニジア生まれのフランスを代表する経済学者で、本書は2015年にフランスで出版されたものです。

 あらすじ

20世紀では産業革命による物質面の豊かさが人々に希望を与えてきました。しかし、21世紀に入り、経済成長が鈍化していく中で人々はどのように希望を見出せばいいのか。

前半から中半部分では人類史の観点から、人間誕生から現在までの経済成長についてを説明し、後半では著者の解決策を提示しています。

まず、前半から中半をかいつまんで説明します。産業革命の工業社会を経て、21世紀はデジタル革命により、スマートフォンタブレットが普及するポスト工業社会となりました。しかし、デジタル革命では産業革命の時のような経済成長は達成されませんでした。

著者によるとアメリカは過去30年間、国民の90%の購買力は向上せず、ヨーロッパでは同時期の一人あたりの所得増加率は3%から1.5%、そして0.5%に低下したそうです。

著者は、物質的な充足を絶えず満たすことで、裕福になれるという願い(経済成長の呪い)に変わる、新たな価値観を人々が手に入れることで、希望溢れる社会を作っていけると指摘します。

後半部分では、その新たな価値観をデンマークに求めるべきだという主張が展開されます。デンマークはポスト工業社会へうまく移行した例として、しばしば紹介されるそうです。

デンマークでは国民の幸福度が高いです。その理由として著者は、国民が自分たち国民及び国家を信頼し、ボランティア等が盛んで、労働さえも幸福の源となっていることを挙げています。なお、国家を信頼する理由は手厚い社会保障です。

すなわち、デンマーク社会のように、仕事や社会生活等で自身の役割を見出し、欲望を昇華させることができれば、それが物質的な充足に変わる新しい希望になると著者は指摘します。

感想

①経済史を復習できる

中盤まではざっくりとした経済史の説明になっているため、経済史を復習できます。特に、17世紀から18世紀にかけての科学や啓蒙思想の普及により、世界を神ではなく理性により知覚することが、産業革命へと繋がるという一連の説明は、大まかな流れを掴むうえで分かりやすいです。ペストによる人口減少やプロテスタントによる富の蓄積にも触れながら、ヨーロッパの経済成長を俯瞰的に説明しています。

私が今回「なるほど」と思ったのは、なぜ近代はヨーロッパが経済の中心となったかという説明です。歴史を変えた三大発明と言われる火薬、羅針盤活版印刷は全て中国で産まれた発明であり、11世紀~12世紀の宋はローマよりも栄えていたが、13世紀のモンゴル略奪と16世紀のイヴァン4世がロシアのステップ帯の交通路を遮断したために、中国は復興できなかったと著者は述べています。さらに、モンゴルの侵略により、中国の政治及び経済の中心は南部に移った(明)が、産業革命の原動力となった石炭は中国北部に位置していたことも、中国での産業革命を妨げたと述べています。

②フランスの国民性を知れる

著者はデンマークと対照的な存在として、フランスを挙げています。フランスは他人や国家を信頼することに対して悲観的だと述べています。ボランティア等の社会的な協力は最もしないそうです。確かに、フランスは個人主義とよく言われます。事実、フランス映画は個人の生活を描いたものが多いです。

この本はフランス人に向けて書かれた本であるため、著者はフランスの国民性や社会体制を懐疑的に考察しています。

著者はフランス国民に不信感が蔓延している理由としてヴィシー症候群や五月革命を例に出して説明しています。私はこれらの言葉を初めて知りましたが、現代フランス人の思想の根底にある、大変重要な要素だと感じました。フランスの現代史の触りとしてもこの本はお勧めできます。(後で色々と調べる必要はありますが。)

デンマークについての記載が少ない

著者はポスト工業社会の模範として、デンマークを真似るべきだと述べていますが、そのデンマークについての記述が少なかったのがやや残念ではあります。もっと文量を増やしてもよかったように感じます。

本著ではデンマークが理想と書かれていますが、以前、「英国一家、日本を食べる」の著者が書いた「限りなく完璧に近い人々」(マイケル・ブース KADOKAWA)を読んだ際には、デンマーク人は、国家の保障が手厚いために貯蓄をする習慣がなく借金が多いこと、その保障も近年は歪みが生じ始めていることが書かれていて、やはり完璧な国はないよなぁと思いました。

とはいえ、デンマークのように労働時間や通勤時間が短く、手厚い失業手当はやはり魅力的ではあります。

 

月並みではありますが、この本を読んで、デンマークに行ってみたくなりました。デンマークにて21世紀の豊かさについて、肌で感じてみたいと思います。