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クールベ-新古典派でもロマン派でもない、第三の道

少し更新が滞ってしまいましたが、今回はクールベ(1819年~1877年)を紹介します。

 クールベは写実派(リアリズム)に属します。「写実」の名のとおり、見たものを見たままに描くというのが特徴です。

 印象派以前の19世紀フランスにおいては、アングル等の新古典派ドラクロワ率いるロマン派の対立がありました。

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理想の美を追求した新古典派と現実を躍動的に描いたロマン派との、このどちらにも属さずに、自らの描きたい日常の風景を描いたのがクールベです。

普通の労働者や田舎の日常風景等、官展の美の基準から離れた絵を描いていた彼は、何度も官展に落選します。

自信作であった「画家のアトリエ」が落選した際は、会場の隣の小屋で、西洋絵画史上初の個展を開催します。客の入りはさっぱりでしたが、ドラクロワも個展を訪れ、作品を賛辞したそうです。

それでは、作品を見ていきましょう。

オルナンの埋葬

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こちらは1849年~1850年頃に描かれた作品で、田舎の農民の葬式を描いた作品です。聖書の一場面を描くでもなく、英雄もいない。田舎の日常にも関わらず、クールベは七メートルの大作に仕立てあげました。

大作には、それに相応しい重厚なテーマが必要でしたが、それに対しての批判も込められているのでしょう。クールベは、「これはロマン主義の埋葬である」という言葉を残しています。

出会い、こんにちはクールベさん

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1854年に描かれたこの作品は、作者本人がパトロンのブリュイアスとその召使いに出会い、挨拶するシーンを描いています。

特筆すべきは、作者が偉そうにしている点です。パトロンは直立不動で左手を広げ、友好と尊敬の意を表していますが、クールベは踏ん反り返った仏頂面です。

さらに、作品の題名が「こんにちは、クールベさん」です。本来は、絵画を買う立場であるパトロンに敬意を払って「こんにちは、ブリュイアスさん」にすべきところだと思ってしまいます。

因みに、サブタイトルは「天才に経緯を捧げる富」だそうです、、笑。

事実、クールベは大層な自信家で、自分で執筆した自伝に「絵を始めた最初の時期から、我が国の数々の美術館にある最高の作品と肩を並べる作品を描いた」と記述しています。

 また、「私は見えるものしか描かない。天使を描いて欲しかったら、天使を連れてきてほしい。」といった名言でも知られています。

非常に強気な画家だったのでしょう。

画家のアトリエ

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1855年に描かれたこの作品は、前述した個展を行うきっかけになった作品です。サブタイトルは長く、「私の芸術的人生の7年間を要約する現実的寓意」です。

絵の中央が制作をするクールベその人で、右側に彼の支持者、左側に市民の人々をそれぞれ描いています。

絵の右側には、クールベの制作を眺めるブルジョワ市民の姿があり、右端の本を読む人はボードレールです。パトロンブリュイアスも描かれており、彼の友人や支援者等の、人間関係を表しています。

一方、左側では「寓意」のタイトルが示すように、髑髏を載せた新聞はジャーナリズムの衰退を表し(当時の新聞がナポレオン3世の広報誌となったことへの批判)、生地を売る商人は商業活動を表しています。また、その周囲には農民や失業者、端には神父がいます。これは彼が絵のモデルにしていた名も無き人々を表しています。

つまりこの絵は、クールベが今まで見てきた興味関心を1枚のキャンバスに詰め込んだ、写実派絵画の集大成と言えます。

 クールベは個展の目録に、「私が生きる時代の風俗や思想や事件を見たままに表現する」という言葉が記載しており、こちらは後にレアリスム*1宣言と呼ばれます。

題材を聖書や歴史に頼らず、視覚を頼りに対象を描く写実主義は、マネを始めとする印象派に大きな影響を与えました。

*1:リアリズムのフランス語読み